大河ドラマについて、あれこれ妄想するブログです。
■■■大河の重み、21.2%の重み
2009/11/24 Tue日々妄想
『天地人』関連記事の影響でしょうか、日曜あたりからアクセス数が凄く、拍手も仰天するほど沢山いただいております。ありがとうございます。私の文章はいつも長いのですが、時間をかけて読んでいただいて、本当に恐縮であります。拍手数が伸びたのは、やはり大河ドラマに期待している人が多いからだと思いますよ。平均視聴率21.2%と数字は取れましたが、いろいろと批判もあったことを、制作側はしっかり受け止めてほしいですね。

たかがテレビドラマと思うかもしれませんが、今回あらためて私はテレビというものの影響力の凄さを思い知らされました。私のような、こんな地味にやってるブログにも、テレビドラマの話題ならこれほどの人がアクセスしてこれだけの拍手を入れてくれるんです。どの家庭にも当たり前に設置してあって、日常の中に完全に溶け込んでいて、一方通行の情報発信をしてるんだから、その影響力は今や国を動かすほど大きいんですよね。テレビの影響力は、昔よりは薄まっているのではと以前に書きましたが、これは誤りでした。巨大すぎてもう、意識すら出来なくなるほどだったんですね。白鯨を追いかけてたら、いつの間にかもう、その腹の中だった、みたいな感じです。

そういう巨大すぎるメディアの、ぶっちぎりで格の高い歴史ドラマ枠で、簡単に史実を捏造歪曲することの重大性に気付いてほしいです。もう、これから少なくとも十数年は、千姫が大阪城から送り出されるシーンがあると、「あれ?直江兼続は?」「幸村は?井戸は?」と冗談のように言い続けられることでしょう。いつしかそれが、1つの俗説にならんとも限らんわけですよ。その辺は、沖田総司の件で言及しました。総司は美男になりましたが、直江兼続なんてもう、泣き虫のイメージ決定みたいなもんじゃないですか。歴史ってのは人間の軌跡ですから、今現在だって「歴史」なんですよ。今の解釈が未来に続いていくんです。だからせめて、その重大性を認識しつつ創作を行ってほしい。

確かに全ての歴史ドラマはあくまでフィクションです。しかし、大河ドラマだけは、作り手が「歴史の重み」を背負う緊張感を、失わないでいただきたい。その緊張感さえ維持出来ていれば、いくら大胆な脚色をしてもいいと私は思います。何度でも繰り返しますが、私は史実至上主義ではありません。史実なんて誰にも確定できません。覚悟と信念と高い志さえあれば、どんどん創作して面白くしていいと思います。現に、最初の設定からしてフィクションありきの『JIN』は、歴史ファンにも大好評じゃないですか。志が有るか否かは、ドラマを観ていれば、確実に伝わってくるものだと思いますよ。

明日は妄想大河の見どころを更新して、その次は近年大河の「八百比丘尼化現象」について、ちょっと考えてみたいと思います。

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■■■『天地人』総評
2009/11/23 Mon天地人
09年の大河ドラマ『天地人』は、全47回の放送を終えた。番組を観ていた人、それぞれの思いがあるだろう。私も、イチ視聴者として、思いのたけを記しておきたいと思う。なお、これは個人的な感想であって、誰かの意見にケチを付けるつもりはないし、自分の感覚が絶対的に正しいとも思っていない。ただ、この大河ドラマを観て、感じたことを記録しておきたいだけだ。そしてその意見が、誰かと繋がっていけばいいなと思っている。それだけである。

では、行こう。かなり長くなるが、お付き合いのほど、よろしくお願いします。今までなるべくレビューを書く際には笑いを織り交ぜてきたが、今回はまとめなので、遠慮なく、忌憚なく、言わせてもらおうか。

私は09年の大河ドラマ『天地人』を、

大河ドラマ史上最低の作品である


と断言する。以下に、その理由を、



七つの大罪



になぞらえて記すものである。







傲慢


このドラマは制作姿勢からして傲慢極まりない。そもそもテーマである「愛」と「負け組の美学」が、上から目線のとって付けたようなものでしかないのだ。「愛の兜」に「LOVE」という現代的価値観を無理やり仮託し、それだけで説得力を得ているように勘違いする態度。「負け組を描く」と言いながら、主人公賛美を繰り返し、まったく敗者に見えないどころか偉そうな偽善者にしか映らないキャラクター造形。これらは全て、ご大層に掲げたテーマが、実はスカスカの言い訳にすぎず、まったく本気で取り組む姿勢がなかったことによるものだ。その結果、一体何がしたのか、何が言いたいのか、さっぱり意味不明なストーリーとなってしまった。こんな陳腐な内容で、視聴者が「そうだ、そうだ」と喝さいを送ると思ったのならば、とんでもない舐めっぷりである。

そもそも歴史上の偉人を描くのだから、現代の価値観や流行っている風潮をねじ込まなくても、足跡を丹念に追えばそれだけで感動できるレベルの題材なのだ。今、生きているこの時代の価値観を絶対視し、過去の話を弄くり回す。そうしなければ視聴者には解らないものだと侮る。これは、過去の人にも、現代の視聴者にも、どちらにも失礼で傲慢極まりない態度だろう。バランスを取りつつ名作を送り出してきた、先輩の時代劇にも失礼だ。その象徴が、結局最後までモサモサと伸ばしっぱなしだった、主人公主従の不自然で不愉快な髪型だろう。「そうした方が馴染みやすいだろうから」という態度そのものが舐めているということに、なぜ気付かない?

出すべき人物を出さず、描くべき功績を描かず、現代的でなおかつ陳腐な価値観を無理やりに当てはめる。偽善的な世情に迎合し、愛などという胡散臭いテーマを付与して満足し、後は自分たちの都合のいいように足跡を改ざんする。人気俳優を集めただけで、中身は空の弁当箱。こんな内容で、「ひとりのマイナーな戦国武将の人生を描き切った」と思っているのなら、大間違いである。傲慢、これが第一の罪である。







怠惰


信じられないことにこの大河の脚本家は、関ヶ原についてスタッフから、「小松さんの書いていないところで有名な武将がいっぱい戦って死んでますよ」と言われて、登場人物を増やしたそうである。あれで、増やしたのだそうだ。つまり大谷刑部や島左近や宇喜多秀家すらなく、真・小松版関ヶ原では、「ただ金吾が裏切って終わり」だけだった可能性もあるのである。なんということであろうか。大河ドラマで関ヶ原のシーンを描くという大役を得たのに、参戦した武将の名前すら調べないのだろうか。それを、自慢げに「アタシも勉強しましたァ」とストーリーブックのインタビューで述べるとは、どういう神経なのだろう。

こういう言葉がある。「型を知って破れば型破りだが、知らずに破るのは型なしだ」。…武将がほとんど出てこない戦国モノがあってもいい。描きたい主題が現代的価値観でもいいだろう。だが、大河ドラマで戦国時代を描くとなれば、必死で勉強しないか普通?学んで、自分の中で消化して、取捨選択して、執筆するのが筋だろう。それを、有名な武将の名前すら知らんで書くとは、どういう怠慢なのだ。そんな勉強不足だから、味方の城が玉砕した直後に嫁とイチャつくとか、決死の撤退戦の直後に団らんしようとするとか、人格の破綻した主人公になるのだ。戦国時代・戦国武将を知ろうという意欲がゼロである。

そもそも、オファーが来てからどれだけ時間があったよ。興味がないから?じゃあ引き受けんなよ仕事を。内館牧子氏とか、明らかに畑違いの『毛利元就』でも、ちゃんと勉強して臨んでいる姿勢は感じられたぞ。今年の脚本家はなんだ。ずっとお菓子食いながら韓流ドラマでも観てたのか。勉強不足を覆い隠すように、登場人物も少なく、居ても空気な武将多数。「必要最小限の登場人物に絞った」のではなく、「必要最小限の人物しか調べなかった」のがバレバレではないか。なんだこのスカスカのクレジットは。『葵』や『新撰組!』の登場人物数と、血の通い具合を観るがよいわ。

このような怠慢が、今年は至る所で見受けられる。忍者っ娘の年齢が年下だとヤバいと気付いて姉に設定変更するとか、城の所在地が完全に間違っていたりとか、ちょっと調べれば解るミスも多い。重箱の隅をつつくようなアラ探しは嫌いだが、今年は重箱の中身すべてがコンビニ弁当未満の内容で、しかも半分以上が上げ底のスパゲティみたいなもんだ(さすがに頑張った役者さんに気を使って、残飯とは言わん)。だから、余計にアラが目立つのである。怠惰、これが第二の罪である。





green

かなり容赦のない批評が続きます。
暫く美しい緑の画像をご覧ください。







強欲


欲だけは強いのが今年の大河である。視聴率のためなら、作品が破綻しても構わないような勢いであった。人気のある三英傑のひとり・織田信長を、直江兼続とあまり関わりが無いにも関わらず無理やり出していたのは、まだ可愛い。伊達政宗など、実際に好敵手といってもいい人物でも、人気取りに出しているだけで深く描く気はさらさらない。真田幸村も、ネームバリューだけで絡ませ、なんと夏の陣の活躍すら描かない。噛んだガムを捨てるように人気者を消費しているだけである。あまりにもあざとい。

そして酷いのは各話のサブタイトルである。毎回毎回、意味深だったり御大層だったりする癖に、詐欺のような肩すかしばかり。普通、サブタイはこだわりを持って付けるものであろう。作品の一部どころか、毎回のテーマを代表するものだ。それを、ほとんど視聴者を引っ掛けるための道具にしか使っておらん。表現したい、描きたいものが、まるで伝わってこない。感じるのは、数字を取りたい欲求と、無難に済ませたい心情だけだ。制作と脚本もそうだが、演出も変なインパクトだけを狙った、大仰でセンスのないものばかり。次回予告も詐欺の福袋みたいなものであった。

さらに、人気が出たとあらば、脚本を即座に改変してまで子役をプッシュしまくる現金な態度。これは、さすがに呆れた人が多かったのではなかろうか。子役を押せという制作の姿勢があざといのは勿論のこと、要求された脚本のほうもホイホイと手直してホームドラマパートを増やしているようにしか見えない。数字さえ取れれば、作品のクオリティなど、どうでもいいと言わんばかりである。おそらく、「視聴率が高い=自分たちは素晴らしいものを作った」と勘違いしておることだろう。だから講演会などにも、積極的に出向いているのだろう。どこまで尊大でがめついのであろうか。強欲、これが第三の罪である。







不遜


題材となる歴史上の人物に対し、ここまで尊敬の念を欠いた作品が今まであっただろうか。徳川家康は小物でどうしょうもない悪人、直江兼続は泣き虫の偽善者、周囲の人間はただマンセーするだけのモブという扱い。歴史上の偉人を敬うという気持ちが、まるで感じられない。たとえ悪役に描くとしても、もう少し人物像に奥行きを持たせることはできるはずだ。これではただのバカとか、ただのワルを記号的に描いたに過ぎない。創作キャラならまだしも、歴史上の人物なのだぞ。大河ドラマなのだぞ。それが放送されることの影響と、歴史の重みってものをちっとは考えろや。片方を絶対正義、片方を絶対悪と描くなんて、今どき戦隊シリーズでもベタすぎてやらんのではなかろうか。それを歴史上の人物に当てはめてしまうセンスが、もはや救いようがないほど傲慢不遜である。

制作側の不遜ぶりをいちばん端的に表しているのが家康の描き方であったが、猛将の市松を架空女キャラに投げさせるのも、不遜きわまりない行為だった。他にもいろいろと出てきたが、きちんと描けていた人物はほとんどいない。だいたいが使い捨てのモブに毛の生えた程度か、主人公のマンセー要員だ。そしてもう一つが忘れてはならないのが、家康と同衾しているシーンでのみ出てきた朝日姫である。なぜ、デブスでなければならんのだ。なんでああいった、使い捨ての、冷酷極まりない、残酷な、ただの晒しものみたいな描き方が平気で出来るのだろうか。確かに笑いは取れる。しかし、歴史上の人物をそんな扱いにして、良心の呵責というものはないのだろうか。いざ「面白さのために、やる」となっても、ちっとは「露悪的」な臭いが残るものだ。しかしあのシーンには、そういうものは一切なかった。そもそも初めから、このスタッフにとって、歴史上の人物とは素材とか駒という意味でしかないのだろう。プロデューサーのガチャガチャ発言も、ただただあきれ果てるばかりである。歴史が好き嫌い以前に、大人として、日本人としてどうなのだ。

人物・歴史への畏敬がまったく無いということは、人間への興味がまるで無いということと同義である。こんな人達が人間の深淵に迫る大河ドラマを作るなど、冗談にもほどがある。歴史上の偉人を、完全に自分たちの道具にしてしまって悪びれない態度。これが不遜でなくてなんであろう。歴史ファンは、もっともっと怒っていいと思う。取り上げてくれてありがとう、などと思っている場合ではない。不遜、これが第四の罪である。







sky

まだまだ容赦のない批評は続きます。
美しい空の画像で一息いれましょう。








稚拙


はっきり言って、今年の大河は、歴史がどうこう言う前に、ドラマの体をなしてないと思う。出てくる人物のどれもこれも、まるで感情移入できない薄っぺらな人物造形。最初から最後まで出ていた上田衆の、顔と名前が一致する人がどれだけいるだろうか。脇役は勿論、メインキャストもまったく魅力がない。なぜかというと、言ってる内容がコロコロと変わり、人物に一貫性がないからである。その場しのぎの一本道でストーリーを作っているため、毎回のように矛盾が浮き彫りとなり、酷い時には一話の中でも同じ人物のキャラが違う。十数分前と別の人格になっているのだ。特に主役のご都合主義展開はホントに酷かった。

この脚本家の他のドラマはまったく観ておらんけれども、いつもこうなのだろうか?伏線というものがほとんどなく、複数の人物を同時に描写することが出来ず、ただひたすらに賛美される主人公だけを描く。こんなドラマのどこに面白みを感じればいいのだろうか。「感動するところですよ」という箇所でわざわざ役者を泣かせまくったりしているが、脚本の力量不足を補う怠慢だとしか思えない。大勢の人物が登場し、それぞれの心情が複雑に、ダイナミックに絡み合い、衝突したり和解したりするのが大河の醍醐味ではないのか。こんな破綻しまくったストーリーしか描けないのなら、それは実力不足としか言いようがない。あまりにも粗末な内容である。

そして演出。これもまた酷かった。なんというか、ほんとに幼稚な見せ方ばかりで、呆れてしまう。初期のスポットライト演出も寒かったが、後期になると開き直ったかのようなBGM無双で、どんな場面でも正当化。フラッシュバックやエコーもかなり恥ずかしかった。こんなに安っぽくしたのは、脚本に合わせたのか?ワザとやっているのか?なんにしても、ドラマ全体を包む空気がとことん稚拙で、観ていられないほどだった。

ついでに言えばアバンタイトルも酷いものであった。ロミオ&ジュリエット、薔薇のフレーム、顔文字の登場…。私は、アバンは割と、遊んだらいいと思うほうなのである。昔の大河だって、当時の風俗をやたら取り入れたり、いろいろと寒い小ネタをやっておった。けれどもそれは、本編が重厚な「大河ドラマ」だからこそ良かったのだ。アバンタイトルで軽薄、本編でもっと軽薄では、話にならんではないか。稚拙、これが第五の罪である。







保身


前田慶次郎や最上義光が、遂に登場しなかったのは、皆さんご存じの通りである。この理由が「事なかれ主義」だと確定した時には、さすがに怒りを通り越して茫然としたものだ。なんという、後ろ向きな姿勢であろうか。なんという、志のなさであろうか。「愛=LOVE」の言い訳を登場人物に言わせたり、『謙信を超える』というタイトルを引っ込めたり、あらすじの「団らん」を慌てて削ったり…。どうしてこう、保身みたいなことにしかベクトルが向かないのだろうか。直江兼続を魅力的に描くために、慶次郎や義光は必要不可欠であったはずだ。それを「抗議が面倒」という理由で省いてしまえるなんて、本当にこの企画に対し、やる気があったのだろうか。

大河の制作統括や脚本家を任されれば、それはもう一世一代の大仕事と思って、全身全霊をかけて取り組むものではないのか。なのにどうして、「作品を面白くする」ことよりも、「自らの立場を守る」ことを選ぶのだ。愛してないのか、登場人物を、直江兼続を、天地人を。堂々と自信を持って、描き切ればよいではないか。出来る自信があったから、オファーを引き受けたのだろう。それがなんで、こんなに後ろ向きな創作姿勢なのだ。

ネット上を見回してみても、慶次や義光の登場を楽しみにしていた人が多いことが解る。戦国時代が舞台ということで、胸躍る合戦シーンに期待していた人は大勢いる。兼続の謀略家としての側面、負のエピソードも描いて、人物像に深みを与えてほしかった人もいるだろう。他にも魅力的な逸話・人物は山ほどあるのに、殆どが無意味にカットされ、毎回スカスカなクレジットとスカスカな内容を見せつけられた。長谷堂や大坂の陣まで省略とは、この大河が始まる前に、誰が予想しただろうか。代わりとして出てくるのは、人気子役とか、架空の女性とか、家族の話ばかり。得意パートなら抗議もなかろうと考えたのであろうか。その行為ひとつひとつが、視聴者の期待を裏切っているというのに。どうしてもっと、志を大きく持って作品作りをしないのだ。保身、これが第六の罪である。







捏造


何度も何度も私は、梅林を目指す曹操軍のごとく、口を酸っぱくして言ってきた。私は「史実至上主義ではない」と。「フィクション大いに結構、面白ければよい」と。しかし…この大河は、そういうレベルの問題ではなく、一線を踏み越えた行為を何度もやらかしてしまった。人はそれを、「創作」ではなく、「捏造」と呼ぶ。よく捏造の象徴として取り沙汰されるのが、『北条時宗』における赤マフラーこと北条時輔であるが、一応、彼にも生存説はあったらしい。主人公が鎌倉から動かないので、能動的に飛び回って活躍する役割を背負っていた時輔。正直、成功したキャラとは言い難いが、その意図するところは理解できる。

しかし、天地人において描かれた、度を越したレベルのフィクションは、他作品のそれとは意図も性質もまるで異なる。千姫を、直江兼続が助ける。それは、「面白さ」とか「話の広がり」を目指して行われた歴史改変ではない。あれほど反抗していた徳川方に付いた主人公を「正当化」し、敵役の家康を「デレさせる」ためだけに「利用」したのだ。これを捏造と言わずしてなんと言おう。千姫を兼続が助けたなど、そんな伝承は一粒たりともなかろう。坂崎直盛も堀内氏久も無視である。これは、重大なことである。いくらなんでも、こんな完全無欠の捏造は、今までの大河で観たことがない。大胆なフィクションを描くにせよ、みんなどこかオリキャラを交えたり、改変しても影響の少ないエピソードを選んだり、最後には辻褄が合うようにしたり、いろいろと苦労しつつ表現していたように思う。ところが、この脚本家は、千姫救出という非常に有名かつストーリー上の重大な事項において、捏造を軽々とやってのけた。これは、見た目以上に恐るべき行為である。

そして、遠山。イミフターミネーター遠山。景虎に仕え、御舘で殉じた忠臣を、なぜか悪の権化のように描く不可解さ。何の必然性も、何の説得力もない。ただただ、悪の記号として利用するだけの使い方。螢雪次朗氏の顔力に頼るだけの無理キャラ。どうして、こんな意味不明なことができるのだろう。昔、遠山という名字の男に未公開株を掴まされたとか、そんな思い出でもあるのか。マイナーな人物なら、いくら捏造で極悪人に描いてもいいと思っているのか。それでもやっぱりはっきりとした悪に描きすぎるとマズいからってんで、キャラ付けを何もせずにただ要所要所の役割だけ与えてフェードアウトさせたのか。悪役として描き切る覚悟すらないのか。

五大老・五奉行制度は兼続が考えましたとか、本能寺が爆発したとか、他にもいろいろとあり得ない改変は目白押しであった。その全てが制作する側に都合のいい捏造であって、史実を尊重しようとした姿勢や、物語に深みや面白みを与えるためにあえて改変したという葛藤の様子は、微塵もない。一方、捏造は繰り返す癖に、治水事業など兼続の本当の業績についてはスルーしておった。なんだそれは。もう、直江兼続が主人公である必要性すらないではないか。

繰り返すが、私は史実至上主義ではない。過去の話なんて、この目で見た人が誰もいない以上、真実なんてものは確定できないのだ。しかし、だからこそ「歴史に対する真摯な態度」が必要なんじゃないのか。自分の創作が未来の歴史認識に影響を与えてしまう可能性を考え、慎重に、丁寧に、ギリギリまで悩んで、脚色するべきではないのか。どうしてこんなに軽々と、歴史改変を行えるのだ。それは歴史が、嫌いだからではないのか。捏造、これが第七の罪である。





傲慢 怠惰 強欲 不遜 稚拙 保身 捏造




以上7つの罪をもって、私は『天地人』を、

史上最低の大河ドラマと断言するものである。



とにかく「志がない」この一言に尽きるドラマであった。私は『功名が辻』で「大河ドラマは終わった」と思ったが、『風林火山』で希望の光がさし、このブログを始めるに至った。ところが、2年後にはもう、あらゆるレベルを超越した、想像をはるかに超えるビッグバン級の駄作を見せつけられてしまった。

しかし戦国ブームのおかげで、こんな内容にも関わらず、視聴率は好調だったのである。もし、この作品が成功作と見なされるのであれば、暗黒の未来が待っていることだろう。予算のかかる戦闘シーンは一切カット、面倒が予想される重要人物は登場すらさせず、あらゆる場面で数字だけを意識した稚拙な描写がなされ、自分たちの都合で捏造し放題、そんな方法が大河のスタンダードになるかもしれない。築き上げられた権威は地に落ち、役者を一年も拘束するドラマ作りは時代遅れだと言われ始め、50回も放送テーマを変えないのはリスキーだと叫ばれ、誰も重厚さなど求めなくなり、民放と同レベルかそれ以下の軽薄なドラマ枠となり、そう遠くない未来に「大河ドラマ終了」となる可能性だって大いにある。

そうなってほしくないから、私はキツいキツい苦言を呈してきた。
どうか良質な大河ドラマが、ずっと続く世の中であってほしい。
日本の歴史に胸躍らせる時間を、大切に作ってほしい。

志なきものは、必ず滅ぶ。

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■■■私(わたくし)の大河ドラマ
2009/11/22 Sun天地人


サスガハカネツグノムスコジャノウ
カ、カゲアキサマガオタオレニ!

( -ω-)zzz. . .


トクイノアイトギヲ
ヒデタダニデンジュセヨ

( -ω-)zzz. . .


ヒ・ヒーン ハイ!ハイ!
ソナタハウツクシイ・・

((( ;゚Д゚)))


オオゴショサマ!
オオゴショサマー!

( -ω-)zzz. . .


ヤマシロノカミサマ
オハナシヲオキカセクダサレ!

( -ω-)zzz. . .


ナオエノイエハワシラデシマイジャ

( -ω-)zzz. . .



タイクツスルコトナキジンセイデシタ・・

(#゚Д゚)こっちは退屈だゴルァ


モエツキタゼ・・マッシロニナ・・

( -ω-)zzz. . .





2010年 新 大河ドラマ

 ( ゚ω゚) ハッ!



『龍馬伝』


(゚∀゚≡゚Д゚)



司馬遼太郎渾身の大作を
ついに映像化


(゚∀゚≡゚Д゚)



『坂の上の雲』




ヽ(∀゚ )人(゚∀゚)人( ゚∀)ノ!!!!






まあ、こんな感じでした。

とりあえず『龍馬伝』、なんか泥臭ぇぇぇ。
男臭そうぅぅぅぅ期待できるうぅぅぅぅ。


『坂の上の雲』すげええええええええ。
気合いの入れ方全然違うじゃーーーーん。



それしか印象に残ってません。
天地人なんて番宣で全部かき消されました。

それにしても最後までサブタイトル詐欺をやりきったなぁ…。何かしら愛について語る場面があるかと思って、昨日は色々と私も愛について考えて記事を書いたけど、ひとつもないでやんの。これなら「紅葉の家臣」とか、そういうタイトルでいいじゃん。何が「愛を掲げよ」だ。

ああ、兼続の江戸城独演会は歴史に残る糞場面でしたね。最悪なシーンを作ろうと考えに考えても出てこないような、とんでもなく酷いものでした。あれは、兼続が諸侯の事を語ってるんじゃなくて、制作者が自分たちの作ったものを正当化したり賛美する意味合いだよね。最低だよ。最終回にしてあらためて思うけど、この大河は「現代的視点」でもなくて、要するに、

プロデューサーとか脚本家の

「アタシ視点」だったわけだね。


そりゃ、全部そういう主観でやってれば、矛盾とかひとつも気付かんわ。


とにかく徹頭徹尾、

私(わたくし)のドラマだった


そのために、歴史上の人物とか出来事を利用した。

こんなにムカつく最大の要因はそれだったんじゃないかなぁ。

あと、初音が南蛮船に乗るって、もう、発想が陳腐極まりないよね。なんだよ。アメリカの番長でも倒しに行くのかよ。アメリカまだないけどさ。ほんと、よくプロの脚本家やってるな。原作もそうなんだろうか?何のために出てきたのかも解らんし。近年大河の女優さんが老けないことについては、ちょっと語りたいことでもあるので、別の記事でまた言及したいと思います。

で、ラストシーンも酷いっスね。紅葉って別にテーマとしてそんなに強調されてなかったのにな。ヤマダ電機と死に方いっしょやん。これ、天丼ってやつじゃなかろうか。コントにしか見えん。ならいっそ、最後にお船が顔の皮をベリベリ剥がして遠山が出てきたら良かったのに。ニヤッと笑って、かねたんを指さして、「こいつが、偽善者ですよ、奥さん!」とか言えばよかったのに。それだけで全部の評価を覆せたのにな。勿体ない!

とりあえず、これで遠山は正真正銘の伝説キャラになりました。あれだけ意味不明に描かれたあげく、当たり前のようにフェードアウトですよ。こんなキャラ、小学生にでも脚本を書かせなきゃ、もう二度と歴史物でお目にかかることはありません。きっとこの時代から旅立った遠山さんは、またいろんな日本史の場面で暗躍していくことでしょう。






フォーエバー遠山康光。




toyama



あなたは巨大な産廃の山に落ちてた、

小さな500円硬貨でした。




もうさっそくこんなドラマ忘れてしまいたいという欲望を振り切って、天地人の総評を明日UPしたいと思います。


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■■■ニュース速報
2009/11/22 Sun日々妄想
PM 8:03


遠山康光 (徳川・臣)


フェードアウト確定






遠山康光 (徳川・臣)


フェードアウト確定






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■■■第47話 『関ヶ原への道』
2009/11/22 Sun妄想大河『九州三国志』
※全て私の妄想です

妄想大河ドラマ 九州三国志

第47話 『関ヶ原への道』

 秀吉の死によって、豊臣政権における文治派と武断派の対立は一気に表面化した。これを尻目に徳川家康(中村勘三郎)は、禁じられている大名間の婚姻などを勝手に行うなどして影響力を強めていく。(太閤殿下は不世出の天才であられた…。だが、政は天よりも地を見ねばならぬ。万民に安寧をもたらすには、儂が天下を治めるしかない…)。1599(慶長4年)3月、家康を抑えられる唯一の存在だった前田利家(草刈正雄)が没すると、豊臣政権の混迷はさらに深まった。3月4日、加藤清正(伊藤英明)・福島正則(服部桂吾)らの武断派大名7人が石田三成(高橋一生)の大坂屋敷を襲撃するという事件が起こる。三成は危うく難を逃れ、家康の仲裁によって双方は和睦するが、これにより三成は佐和山城に蟄居。家康は武断派の諸将を取り込んで大坂に居座り、ますますその専横を強めていく。家康の理想と三成の理想、その衝突は不可避なものとなりつつあった…。

 同時期、島津家にも一大事件が発生する。秀吉の引き立てにより家老でありながら8万石の領主にまで登りつめていた伊集院忠棟(市川染五郎)は、その権勢から次第に家中でも危険視される存在となっていた。3月9日、忠棟は伏見の島津屋敷に呼び出される。ひと月前に家督を継承したばかりの島津忠恒(中尾明慶)は、忠棟と面会すると、いきなり刀を抜いてこれを刺し貫いた。「殿…!何をっ…!」。「伊集院…お前は島津のためにならぬ…!」。この粛清劇は、龍伯(阿部寛)・義弘(内野聖陽)とも不在のうちに、忠恒の独断で行われたものであった。「忠恒、早まりおって…」と義弘は歯噛みした。忠棟の子・忠真(大東俊介)は父が斬殺されたことを聞くと都城にて叛乱を起こす。この鎮圧には翌年2月までの時間を要した。

 1599(慶長4年)10月、家康は浅野長政(白井晃)・前田利長(玉木宏)らが自らの暗殺を企てたとし、長政を蟄居させ、利長に対しては加賀征伐の号令を下す。利長は母の芳春院を人質に送って弁明。これによって前田家も徳川の前に屈伏することとなり、家康の力はさらに強まる。大坂で豊臣政権を牛耳る家康は、諸大名に対する婚姻政策や根回しを重ね、自らの味方を増やしていった。こうした家康の専横を快く思わない五大老の一人・上杉景勝(豊川悦司)は、自領の会津に戻って軍備を増強。家康は前田家と同じ手筈で上杉家を詰問するが、上杉家老・直江兼続(田辺誠一)は逆に家康の横暴ぶりを弾劾する書状を発信した。これに激怒した家康は会津征伐を決定。慶長5年(1600年)6月18日、伏見城の留守居役に鳥居元忠(渡瀬恒彦)を残し、家康は諸大名を率いて東へと進軍した。

 7月11日、石田三成は親友である大谷吉継(大沢たかお)に、家康打倒の兵を挙げる決心を打ち明ける。既に宇喜多秀家(水嶋ヒロ)、小西行長(加藤虎之介)らも賛同を示していた。「豊臣の世を守るため、内府を討つ」。家康とも親しかった吉継だが、三成の決意に突き動かされ、共に立つことを承諾。「お主には敵が多い。ここは備前中納言殿か、安芸中納言殿に総大将を御頼み致せ」。三成と吉継は安国寺恵瓊(市川左團次)を通じ、毛利輝元(西村雅彦)を打倒家康の総大将へと担ぎ出すことに成功する。三成は会津討伐に従軍していた武将の妻子を人質にとる作戦に出るが、細川忠興(萩原聖人)の妻・珠(菅野美穂)はこれを拒否。屋敷に火を放ち、家臣に自らを槍で突かせて自害したのであった…。

 家康は内通していた増田長盛(片岡鶴太郎)から三成挙兵の報を知らされると、下野小山にて会津征伐従軍中の諸将と評定を開く。家康は「大坂に妻子を人質に取られている方もおられよう」と言い、どちらに付くかは各人の自由であると宣言する。しかし福島正則以下その場の殆どの将は、逆賊・三成を討つとして家康に協力することを表明した。家康は三成の挙兵も計算ずくで軍を進めており、また三成も家康に計画が見通されていることを知りながらあえて挙兵していたのである。こうして豊臣政権は徳川方(東軍)と大坂方(西軍)の真っ二つに割れ、日本全土を巻き込んだ一大決戦へと突き進んでいく。東西両陣営は日本全国の大名に、自軍へと参加するよう檄を飛ばした。

 東西陣営のどちらに付くか、九州の諸大名も揺れていた。しかし宗茂(藤原竜也)は、一も二もなく、当然のように言った。「大坂方に、お味方致す。出兵の準備にかかれ」。それに異を唱えた家臣がひとりだけ居た。薦野増時(尾美としのり)である。「恐れながら…内府様の勝利は疑いなき事かと存じまする。ここは、加藤様、黒田様らと共に、徳川方にお味方すべきかと…」。実際、家康からは大幅な加増を約束する書状が届いており、朝鮮の役より友情を結んでいる肥後の加藤清正からは、しきりに「内府殿にお味方されよ」という呼びかけがなされていた。豪勇鎮西一を誇る立花家をなんとか自陣営に迎えようと、東西両軍は必死であった。しかし宗茂に迷いはなかった。「故・太閤殿下の遺訓に背いているのは内府殿だ。太閤殿下の御恩に報いるためにも、秀頼公を盟主に据える大坂方に味方するのが信義」。「徳川様とて、石田治部少様は秀頼公を謀る不忠者と申されております。信義は、勝った方にもたらされましょう」。薦野はなおも食い下がった。

 その席に入ってきたのは、なんと宮永村から駆け付けてきた、ぎん千代(広末涼子)であった。「ぎん、お前…」「ご無礼を承知で申し上げます、内府様にお味方下さりませ。時流はもはや、徳川方にあるとしか思えませぬ。立花家の、柳川十三万石の、ために…」。宗茂は少し間を置いて、言った。「この柳川も、太閤殿下より賜ったもの。そして今日俺があるのも、太閤殿下の御蔭である。内府殿に味方するは、信義の道に反することとなる」。「なれど…」と薦野は言いかけたが、「勝敗に、拘らず!」と宗茂は言い切った。その姿に、信義を貫いて散った高橋紹運の姿が重なる。ぎん千代も、薦野も、それ以上は何も言えなくなった。

 ぎん千代が宮永へ戻る際、宗茂は声をかけた。「済まぬな、ぎん。俺は、このような生き方しか出来ぬ」。ぎん千代も言いたいことが言えて満足したのか、明るい表情になっていた。「御武運をお祈り致しております」「宮永からでよい。留守を、守ってくれ」。ぎん千代はまた、侍女と共に宮永村へと帰って行く。その宗茂の後ろから、「殿…」と声をかける武将がいた。吉弘統幸(山本耕史)である。「申し上げ難き、事で御座いまするが…」。宗茂はその気持ちを察し、自ら言葉をかけた。「構わぬ、義乗殿をお助けしてくれ」。東軍の徳川秀忠の軍には、改易された大友吉統の子・義乗が加わっていたのだ。統幸は旧主・大友への義理を果たすため、馳せ参じたい心持であった。しかし東軍に与すれば、立花家とは敵同士と相成る。宗茂は統幸の気持ちを汲み、大友への帰参を快諾した。「御恩は、忘れませぬ」。宗茂は路銀や馬・武具などを統幸に与え、先んじて東へと向かう従兄の背を見送るのであった。

 一方、佐嘉では鍋島直茂(北村一輝)が気を揉んでいた。息子の勝茂(海老澤健次)を会津征伐に従軍させたものの、まだ若年であり心もとない。「状況をよく見よ。場合によって父が指示を出す」とは伝えてあるが、複雑な情勢の中、どう転ぶかは解らない。家康に兵糧を献ずるなど出来る限りの布石は打っておいたが、直茂は佐嘉に留まったまま、あらゆる展開を想定して対策を考え始めた。(…もし、鎮西において、あの男を相手にせねばならなくなった時には…)。直茂は眉間に皺を寄せ、考え込んだ。(我ら父子も、死を覚悟して当たらねばならぬであろうな…)。

 同じ頃、薩摩の島津龍伯の下には、京の義弘から再三の援軍要請が出されていた。しかし庄内の乱の後始末や家臣団の分裂等、島津領内は様々な問題を抱えており、迂闊に援兵を出せない状況となっていた。京にある義弘の軍勢は僅か数百程度である。「義弘よ、動いてくれるな…」龍伯も忠恒も、あえて援軍を出さないことで中立の意思表示を行っていた。しかし京の義弘は、否応なく戦乱の渦中へと巻き込まれていく。少なくとも、傍観を決め込むことが出来るほど状況は甘くなかった。義弘の下へは、薩摩から勝手に抜け出してきた義弘派の兵士などが馳せ参じ、千騎ほどの軍勢が集まる。義弘に同行していた島津豊久(松田翔太)が聞く。「伯父上、この戦、どちらが勝ちましょうや」。「どちらでもよか。島津は島津の戦をすうだけよ」。「手勢が千人足らずとみて、侮られては悔しゅう御座います」。義弘は笑みを浮かべて言った。「そん時は…千人で、万人の働きばして、敵も味方も驚かせればよか」。豊久も笑って伯父に同意するのだった。

 慶長5年(1600年)7月、宗茂は西軍に参加するため、薦野増時を留守居役として残し、軍勢を率いて柳川城を出発した。途上の船において、宗茂は家康からの再度の書状を受け取った。豪勇鎮西一の立花家を、どうしても自軍に引き込みたかったのである。「勝利の暁には、鎮西にて五十万石の大俸を約束しよう」…書状にはそう記されていた。しかし宗茂は書状を破ると、海中へと投棄した。そして家臣に向かって言う。「いや、五十万石の字を見た時は、心が揺らいだわ」。宗茂は笑った。由布雪下(笹野高史)と小野鎮幸(宍戸開)は、顔を見合わせて頷き合う。(殿には些かも迷いがない…)。家臣は皆、そう思った。

 畿内で、中部で、奥州で、北陸で、四国で、そして九州で、日本中の到る所で戦いの火蓋が切られようとしていた。


キャスト

立花宗茂  藤原竜也

立花ぎん千代  広末涼子

高橋統増  福士誠治

宋雲尼 財前直見

宝樹院  伊藤かずえ

吉弘統幸  山本耕史

由布雪下  笹野高史
内田鎮家  竜雷太

小野鎮幸  宍戸開
十時連貞  岡田義徳
薦野増時  尾美としのり

原尻鎮清  若松武史
高野大膳  菅田俊
世戸口十兵衛  筧利夫

立花吉右衛門  尾上寛之
立花三太夫  山本匠馬

小野理右衛門  阿部サダヲ

鍋島直茂  北村一輝

彦鶴  貫地谷しほり

鍋島勝茂  海老澤健次
成富茂安  金子貴俊
岩松  はなわ

島津義弘  内野聖陽

千早  小西真奈美

島津豊久  松田翔太
島津忠恒  中尾明慶

島津忠長   沢村一樹
島津以久  野久保直樹

中馬重方  照英
山田有栄  山根和馬
木脇祐秀  中邑真輔

新納旅庵  熊面鯉
長寿院盛淳  小倉久寛
川上忠兄  小林賢太郎

伊集院忠棟  市川染五郎
伊集院忠真  大東俊介

白石永仙  塩見三省

加藤清正  伊藤英明
福島正則  服部桂吾

細川忠興  萩原聖人
黒田長政  田中幸太朗

池田輝政  高嶋政宏
加藤嘉明  前川泰之
浅野幸長  細山田隆人

山内一豊  塩野谷正幸
藤堂高虎  藤木直人

宇喜多秀家  水嶋ヒロ
小西行長  加藤虎之介

石田三成  高橋一生
大谷吉継  大沢たかお

増田長盛  片岡鶴太郎
前田玄以  斉木しげる
長束正家  林泰文

小早川秀秋  池松壮亮
毛利秀元  五十嵐隼士
吉川広家  豊原功補
安国寺恵瓊  市川左團次

本多正信  大杉漣
本多忠勝  中村獅童
結城秀康  川村陽介

井伊直政  上川隆也
鳥居元忠  渡瀬恒彦

直江兼続  田辺誠一
前田利長  玉木宏
佐竹義宣  窪塚洋介

珠  菅野美穂

西笑承兌  斉藤洋介
山口直友  徳井優
小笠原少斎  美木良介

上尾  高田聖子
かよ  平岩紙
日浦  鷲尾真知子

淀殿  竹内結子
北政所  森下愛子
豊臣秀頼  加藤翼

浅野長政  白井晃

上杉景勝  豊川悦司

毛利輝元  西村雅彦

黒田如水  小林薫

前田利家  草刈正雄

島津龍伯  阿部寛

高橋紹運(回想)堤真一

徳川家康  中村勘三郎


『九州三国志』紀行

都城城 (宮崎県都城市)


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